「世話焼きの甘え話」

。。。


実に困ったことになった。
別に博麗の巫女の出番だとかいうほどには困った事態ではないわけなのだが、局所的見解の下、一個人の視点に立って考えた場合には十分に困った事態といえよう。
香霖堂、つまりは僕の家にいきなりやってきた彼女は客間で居住まいを正して、三つ指をついてから綺麗に頭を下げてこう言ったのだ。

「そんなわけで不束者ですがよろしくお願いします、森近さん」
「……だから、君が帰るべき場所として僕は山の上の神社があると思うわけなんだがね、早苗君」

話を聞くとどうやら彼女、つまり東風谷早苗嬢の居る守矢神社に奉られている神様に問題があるらしかった。
その神様、幻想郷に来たばかりの頃は「さあ、この国を我が手中に収めてやるわ、うははは」と息巻いていたのだが、あっさりと霊夢や魔理沙に叩きのめされて心が折れてしまったらしい。
さらに事後処理の結果で結局のところこれといった障害も無く幻想郷に定着できることになり、そこであっさりと心までか闘争心という牙まで折られるに至った。
現在では日がな一日を神社でごろごろと過ごし、毎晩のように催される宴会ではジョッキ片手に河童や天狗と朝日を見るまで騒ぎ倒すという堕落っぷり。
幻想郷の外にいたころの威厳と風格はどこへやらの有様になってしまったらしい。

「……で、そんな神様に対してささやかな抵抗として、巫女の神事やらその他食事風呂焚き掃除をボイコットするために神社を飛び出して、追手が掛かりそうに無くて、そなりに顔見知りである僕のところへ来たというわけだ」
「その通りです」

どうやら僕が思っていたような物静かで控えめな早苗像は大きく間違っていて、本当の彼女は随分とアグレッシブで行動主義らしい。そのあたりは同じ巫女として、ものぐさな霊夢にも見習ってもらいたい。
とはいえ、今回の彼女の申し出はあんまりだ。
僕のリターンは極小。それでいてリスクは膨大過ぎる。
君主危うきに近寄らず、だ。

「ううむ、早苗君。すまないが……」

申し訳なさそうに口を開いた。
しかし、そこに早苗嬢の震えを含んだ声がかぶさる。

「……お願いします、森近さん! 森近さんだけが頼りなんです!」

……残念ながら、僕にはすがるような目でこちらを見てくる純真そうな少女の必死な願いを無下に出来るほどに意志が強靭でもなかった。
結局半端に開いたままの僕の口からは「……ああ、うむ」と曖昧な言葉しか出てこなかったのだった。





早苗嬢が香霖堂にかくまってください宣言をしてから早一週間強。
ここ何日かでわかったことがある。
東風谷早苗嬢は実に万能超人であったのだ。
例えば料理。

「森近さん、朝食が出来ましたよ」
「ん、ああ、すまない」
「いいえ、置いてもらってるんですからこれくらいは……。さあ、どうぞ」
「それでは、いただきます。……む、これは美味しい」
「お粗末様です」

例えば掃除。

「ぱたぱたぱた〜」
「……妙に嬉しそうだね」
「あ、はい。実は私、お掃除とか結構好きなんです」
「へぇ、なるほど」
「没頭しちゃうと一日くらいずっと掃除し続けてしまうくらいで、以前は気が付いたら神社の屋根の上で瓦を一枚一枚磨いていたりしてもうあたりは真っ暗でした」
「へ、へぇ、なるほど……」

例えば店番。

「こんにちはー、店主さんおられますか? 師匠のお使いできたんですけども」
「いらっしゃいませ、香霖堂へようこそー。……わぁ、うさぎさん!」
「え? あ、あれ? 誰? 店主さんは?」
「あ、森近さんですね。ちょっと待っていてください。……森近さーん、お客さまですー」
「……どれどれ、誰が来たのかな? おや、いらっしゃい、鈴仙。ということは、いつものアレでいいのかな?」
「え、ええ、以前と同じものでいいんですけど……」
「ああ、そういえば初対面だったか。この子は東風谷早苗君といって妖怪の山の上にある神社で巫女をしている子だ。今はわけありでね。……それから早苗君、この子は鈴仙・優曇華院・イナバさんといって竹林の中にある屋敷に住んでいる医者の弟子をしている子だ」
「ええと、どうもはじめまして、鈴仙です」
「こちらこそどうもはじめまして、東風谷早苗です。……鈴仙さんってお医者さんを目指してらっしゃるんですね。人を救う仕事に携わっておられるなんて、少し憧れてしまいます」
「あっ、そ、そんな。私なんてまだまだ師匠の足元にも及ばなくて……。まだまだ見習いですよ」
「それでも凄いですよ!」
「そ、そうでしょうか?」
「ええ!」
「……あ、あのぅ、店主さん」
「はいはい、なんでしょう?」
「これも、ついでにいただけますか?」
「……まいどありがとうございます」

と、まぁ、何をしてもそつなくこなす。
それでいてでしゃばらないところが霊夢や魔理沙と違って新鮮で心地が良い。
特に何より、僕が本を広げて読書をしている時はあまり話しかけてこずにそっと机の上にお茶の入った湯飲みを置いてくれるところが素晴らしい。
素晴らしいと思ったと共に僕はひとつの考えを導き出した。

「……霖之助さん、どこかかゆいところはありますか?」
「特には。……いや、もう少し右が」
「……こちょこちょ」
「そう、そこだ。……いや、そうじゃなくてだね」
「あ、場所違いましたか?」
「そういう意味でもないよ。……とにかく一旦耳掻きを止めてくれ」
「はい、わかりました。……ふぅー」
「……」
「こういうのはちゃんと吹き飛ばしておかないといけませんから」

ここに来た当初の彼女の姿からは想像も出来ないほどに態度が砕けている。
彼女は非常に高い順応能力も有しているのであるらしかった。
僕はとにかく早苗と向かい合うようにして座り、いろいろとひと区切りを置く意味で咳払いをした。

「早苗君」
「はい、なんですか、森近さん?」
「君は少し世話を焼きすぎる」
「……はぁ、世話ですか?」
「ああ、その通り。君がこの香霖堂へやってきてしてきたことを振り返ってみてくれ」
「ええと、掃除、洗濯、店番、風呂焚きに……」
「そう、家事のほとんど、いや全てと言ってしまってもいいだろうね。僕が手伝おうといっても君は「いいえ、気にしないでください」と一言で切って捨てて全部ひとりでやってしまっていた」
「そ、そういえばそんな気がします……」
「そして、その間僕は何をしていた?」
「え、え、森近さんがですか?」
「ああ、そうだ」

早苗は少し考えるそぶりをするとすぐに結論を出した。

「森近さんはずっと本を読んでいた……だけだったような気がします」
「その通り。僕は日がな一日読書を楽しみ続けていたわけだ」

朝起きれば早苗の作った朝食を食べ、店番を彼女に任せゆっくと読書。
昼は早苗の作った昼食を食べ、掃除を彼女に任せてゆっくりと読書。
夜も早苗の作った夕食を食べ、店の片付け風呂と寝床の準備を任せてゆっくりと読書。

「……僕が思うに君の世話焼き具合は相当なものだ。病的といってしまっても過言ではないだろうね。こちらがすることを全て先回りしてやってしまう。そのせいで僕のやることといえば読書かたまに酒を飲むくらいのものだ」

何もしないでも衣食住が手配される生活。
それは理想かもしれないが、そんな生活は最早「飼育されている」のと同義だ。

「君は、自分のところの神様がだらしなくてそれに憤慨してここにやって来たと言っていたね。……もしかして君は神社でもここと同じ様にすべての事を一人で片付けてしまっていたんじゃないかい? それでその神様の分まで仕事を片付けてしまっていたんじゃ? 神様はぐうたらしているのではなく、そうせざるを得ない状況を君が作り出していた可能性はゼロではない……と、僕は思う」
「そ、そんな……でも、でも、私は……」

早苗はわなわなと小さく肩を震わせている。
しかし、否定してこないところを見ると少なくとも心当たりがあるのであろう。
愕然とした顔の早苗。随分とショックだったようだ。
こちらを見上げた彼女の目にはいっぱいの涙が溜まっていた。

「そんな! じゃあ……じゃあ、私は間違って……?」

潤みを帯びた瞳には今にも自虐に走りそうな危うさがあった。

「いいや、君の行動全てが間違っていたわけじゃないよ。君の行動は全て相手を思いやってのものだったんだろう? その心からきたものは決して間違いじゃないさ。それに、これからいくらだって取り返しはつく。……原因がわかったんだ、ゆっくりと直していけばいいんだよ」
「直すって、どうやって、ですか……?」
「うむ。実は僕も少し考えたんだが……。世話を焼き過ぎたのならば、その反対、世話を焼いてもらってみてはどうだろう?」
「お世話を……焼いてもらう、ですか」
「ああ、そうさ。まぁ、簡単に言ってしまうと「甘える」ということだね」
「甘える……私が」

小さな眉間にかわいらしい皺を作って深刻な顔で早苗は言った。

「そうだね、甘えると、いっても色々あるね。ううむ、早苗君、例えば今僕に何かして欲しいことだとかはあるかい? 人に自分の欲求を満たしてもらおうとする行為も甘えのひとつだからね」
「森近さんにして欲しいこと……」
「なんでもいい。些細なことでも」

うんうんと唸る彼女だったが、自分の手の中にあるものを思い出して、はっと顔を上げた。

「み、耳掻き……とか?」
「かしこまりました」
「わっ、きゃ」

早苗のそれは十分に予期していた回答だった。
そのためさっと彼女の手から耳掻き棒を奪い取ると、そのまま彼女の頭を自分の膝の上に乗せた。
ちょうど先ほどと二人が逆の立場になる格好だ。
膝の上で早苗はあわあわと慌てている。

「ほら、じっとしておくれ」
「ぁ、は、はぃ……」

大人しく縮こまる彼女。

「なかなか綺麗な耳だね」
「……え、えっと、その、ありがとうございます?」
「どこかかゆいところはあるかい?」
「あ、そこから右のあたりが少し……」
「ふむ。……どれ」

とはいえ、早苗の耳は綺麗なものであっという間に片方が終わり、次に反対側を掃除する。

「……ねぇ、森近さん」
「うん、どうかしたかい?」
「……なんだか、私こうして耳掃除してもらうの、すごく懐かしい気がします」
「そうかい」
「……ええ、私の祖母が……生前は良くこうして小さな私の耳を掃除してくれたんです」
「……君の祖母さんなら、良い人だったんだろう」
「……はい、自慢の祖母でした」
「……」
「……」
「……ねぇ、森近さん」
「なんだい?」
「……私、やっぱりここに来て良かったと思います。……森近さんてとても優しいです」
「そうかい」
「……ありがとうございます、森近さん」
「どういたしまして」

耳掃除が終わった後もなんとなく早苗の頭を下ろす気分にはならなかった。
そのまま彼女とぽつぽつと会話をしていたのだが、いつの間にか彼女のそれは小さな寝息にとってかわっていた。
僕は自分の膝の上であどけない寝顔を浮かべる早苗の頭をやはりなんとなく撫でた。



「――んん、……りんのすけ、さん。……き、です」

コメント

待たれていたとは。

>>メガミッション 様
彼と彼女はほのりぼのりとしたゆるいようで淡い関係が良いんじゃないかと、私はそんな風に思うわけですよ!! 普段は物臭だけどいざという時は頼りになる男性と良く出来た気の利く明るい子だけどたまに落ち込む時がある娘さんという構図が大好きなだけですが!!!
早苗さん可愛い世早苗さん(ぁ

待ってました。

霖乃助と早苗のこんなカンケーって、いいですね。先輩と後輩、教授と助手、師匠と弟子(落語)って感じで。最後の、霖之助が早苗を諭すトコなんか特に。最後の早苗が甘えるトコはさながら兄妹かな。

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